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映画『天気の子』は防災映画ではなく大雨の災害映画でした。 気候変動とその影響に立ち向かうため、私たちにできることはまだあるかい。

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新海誠監督の最新作『天気の子』が7月19日に公開された。劇場での公開前に予告編やその他の情報から「映画『天気の子』は防災映画か?気候変動とその影響に立ち向かうため、私たちにできることはまだあるかい。」を公開前に書いた。これはそのブログ記事に対する加筆になります。

公開後に思うこと。 雨の映画、大雨の映画

とにかく「雨」の映画です。雨があるからその瞬間、その場所にだけ日が差すということがどれほど人々にとってありがたいことかを感じさせてくれます。人は天気によってその日の気分すら左右される。登場するヒロインはその雨を晴れにできる。すなわち人々の気持ちはヒロインの行動によって左右することができる…みたいな物語設定があります。

最初は、普通の雨。それが何日も続く雨になり、途中で夏でも雪さえ降るという異常気象(何が異常で何が狂っているかは諸説がりますが)が起こり、終盤の事件ではヒロインを助けるために天気なんか狂ったままでもいいとする。その結果、三年間雨が降り続き…という物語。

ポスターなどで描かれている雲のイラストがありますが、ひとつの積乱雲に含まれる総水量がどれだけのものなのか。そこにはまだ人類が知らない生態系があるとする物語設定。

新海誠監督作品の中の『言の葉の庭』も雨のシーンが多い作品でしたが、今回の『天気の子』は、作中に降っている降水量を計算したくなるほど、たくさんの雨が降ります。

気象の秘密

この地球は、海の中のこともわからないことが多すぎるし、同様に空の上もまだまだわかっていないことが多い。当然地面の下のわからないことだらけ。

ひとつの積乱雲が含む水量は、それそこ湖一個分くらいあるという。それだけの水量があるなら、そこには地上とは違う生態系もまたあるのではないか。映画の中ではすぐに溶けてしまうゼリーかあるいは水羊羹(ようかん)みたいなものでできている小さな魚(のようなもの)が登場します。一匹というよりも魚の群れのように振舞いながら、雲の上を回遊しています。同じように、雲でできている龍みたいなものや、雲の中に住んでいるクジラみたいな存在とか。

巨大な積乱雲の上空には強い上昇気流が発生していて人ひとり浮遊させておくくらいは簡単にできるというらしい。

宮崎駿監督作品の『天空の城ラピュタ』に登場する龍の巣ではないが、空の上雲の中は、まだまだ未知の世界なのかもしれない。



自然災害とそこに立ち向かう人たち

本作では、特に「雨」ばかり描かれている。冒頭の十数分はほんとに、雨ばかりのこれが新海誠の作品かと疑ってしまうような、うっとうしいだけの美しくない風景が続く。100%晴れ女のヒロインが登場するまでは。

前作の『君の名は。』がどちらかといえば荒唐無稽な彗星が割れて一部が地上に落ちてくるという自然災害を描いていたが、映画『天気の子』においては普通の気象現象としての「雨」である。雨が何日も続く、いつまでも続く、記録的に続く…そんな中で天とつながってしまった世界の仕組みを変えてしまった少女の願いで、特定の時間、特定の場所だけを「晴れ」にすることができ、それをちょっとしたネットビジネスにしたりする。

この大雨という災害に立ち向かう人たちの姿は、描かれていない。あえて描いていないか、描きようがなかったのか、それともそんなことは本作には関係のないところなのか。

天気予報や現地レポートを伝えるテレビ番組は登場するが、それは異常気象であろうがなかろうが現状を伝えることしかしていない。電光掲示板も情報を提供するだけ。降り続く雨をなんとかしようという大人たちの姿はあえて描かれていないのだ。

長く降り続く雨が止んでから鉄道を復旧させている作業員の方々の姿はいくつか描かれているが、それらも「直接の災害がひと段落してから」の復旧作業であり、自然災害の大雨に直接立ち向かっているのは、少女ただひとりなのだ。

自然災害と被災者の描き方

物語の核心にふれるので詳細ははぶくけど、最後は3年間降り続く雨により東京の大半は水没してしまう。新海誠物語的にいえば、「東京が水没する世界を選択する」ということになるのかもしれないが、大雨という自然災害によって被害にある被害者/要救助者を描くことはなかった。状況からみても、多くの河川が氾濫し、家屋が水没し、住まいをうばれた人たちは水のこないところへ移住し、自然災害としての大雨洪水の恐ろしさを描けば描けたはずなのに、そこはかなり淡々と描いている。

一連の事件がおわって故郷の島に帰り、高校を卒業してまた東京に戻ってくる。その時のフェリー船が東京湾に入ってくるシーンがあるのだが、水没しているベイブリッジの上を走る船もまた、それがもう日常の風景になっている……くらいの描き方なのだ。

降り続く雨によって東京が水没していても、それによる被害規模に関してはまったく触れていない。高層ビルの上の方だけが水面から生えている何かのように見えているだけなのだ。



自然災害と日常生活との折り合いのつけ方

東京がまだ江戸と呼ばれていた時代、いまの東京とは大きく異なり沿岸部はほどんと海だったという話が出てくる。映画『天気の子』においては自然に対して2つの表現が登場する。

  • 元々そうだった
  • 最初から狂っている

異常気象だ気象変動だといわれているが、そんなもの観測しはじめてからの比較の中で語られる言葉であって、観測されてない時代をみれば、そんこと異常でもなんでもない。「天気」とは「天の気分」気分屋さんの龍やクジラが雲の中に住んでいて、雨も風も雷もなにもかもがそうした生態系の気分によってできている…ということが語られる。

そしてもう一方に、この狂った異常気象を元に戻すために少女が人柱になることを阻止する少年の行動に対して、もともと天気なんて最初から狂っているんだ。と言い放つセリフがある。異常気象、気候変動……観測を始めてからの短い歴史のなかでの比較で何を言っているんだか〜的な捉え方をしている。

物語の終盤、水没した東京であっても、住まいこそ水没してしまった人たちが別の場所に移動して暮らしているが、あいかわらず人々は東京で暮らし電車のかわりに船(浅草あたりの遊覧船のような)で、通勤通学しているシーンが描かれている。そう。僕たちの未来はどんな大災害が起きても、生き残った人たちがまたすぐに日常に戻すから、最初からそこがそうだったみたいに普通の生活にしてしまうから……。「大丈夫」なんだと。

まとめ

まだ初日に一度しかみていない段階で「まとめ」と書くのはおこがましいけれど、前作『君の名は。』においては、二つの世界線……ひとつは隕石が落下して糸守町で500人以上の犠牲者(死者)が出て世界と、タキと隕石が落ちる前の時間を生きている三葉とが彼は誰どきに出会って隕石落下は止められないとしても糸守の住民を避難させ、生き残るという世界を[選択した]物語。

それに比べて今回は、すごい選択だ。

世界の秘密を知り天気を操ることができるヒロインが、その代償として人柱になる。一人の少女を人柱にして正常な天気に戻る世界を選択するか、あるいは世界なんて狂ったままでいいからその少女を助けるという世界を選択するか。主人公の少年の世界の選択の物語ということも言える。当然ながら少年は後者を選び、その結果三年間雨が降り続き東京が水没する世界が登場する。登場人物のひとりの刑事の言葉に「人生を棒に振ってまで…」とあるが、世界を救わずに一人のヒロインを救うこと。その結果による狂った世界であって、人々はなんとかやっていける=大丈夫という応援作品と、いまのところは、そんな風に読み取った作品です。

なので、新海誠監督作品なのに「世界を救わない」。かわりに「一人の少女を救う」お話なので、防災映画ではなくむしろ災害に遭遇しようとしまいと、君の大切な人を守ることを選択してもいいんだよ……というお話なのです。




RADWIMPSによる主題歌の『愛にできることはまだあるかい』のプロモーションビデオもまた、曇り空の下や雨の中で撮影されたようです

 

公開前に書いたこと。

そのタイトルからして、気象…特に雲とか雨などをテーマにしている映画かな?と思いながら映画館に行こうと思います。前作の『君の名は。』は彗星が割れて地上に落下しひとつの街に大災害が発生し500人以上が犠牲になる…という世界線の歴史を、時間差のある男女の入れ替わりにより、彗星の落下そのものを食い止めることなく大災害は起きる歴史は変えずに、犠牲者を出さないもうひとつの世界線(歴史)を作り出すという…自然災害に対するひとつのファンタジー的防災解決方法を見せてくれました。

映画「君の名は。」と「天気の子」に見る自然災害に対するファンタジー的防災。

最新作『天気の子』では一体何を見せてくれるのか。公開後に映画館で見てから加筆予定です。ネタバレなしを前半に、ネタバレありを後半に書く予定なので、参考にしてぜひ劇場に足を運んでください。




公開されているあらすじから

主人公は二人の男女。
男の子の名は「穂高(ほだか)」女の子の名は「陽菜(ひな)」

帆高は高校1年生の時、ある思いを抱いて半ば家出同然の形で上京してきた。しかし、都会での生活は間もなくままならなくなり、苦労の果てに見つけた職業は望むも望まざるも曰くありげなオカルト雑誌の記事を書く仕事だった。そんな彼の淋しい心を表現するかのように雨が降り止まないある日のこと、切れ間のない人々の渦の中に、帆高はある1人の少女と遭遇する。陽菜と名乗ったその少女はとても明るい性格で、弟とこの都会という渦の中でともに暮らしているという。しかも、彼女には到底他の人間には理解し難いある能力が備わっていた。彼女が帆高の目の前で見せたその特異な能力とは、祈る動作をするだけで、それまで低く垂れこめていた雲から降り続いていた雨を瞬く間に終わらせ、一瞬にして紺碧の青空を見せるというものであった。(Wikipedia『天気の子』から)

予告編を順番で見ておこうと思います。

(本作ではこれを「予報」と題して公開しています)

映画『天気の子』予報①

愛にできることはまだあるかい

僕にできることはまだあるかい

キャッチコピーに「これは、僕と彼女だけが知っている、世界の秘密についての物語.」とあります。また、テーマ曲「愛にできることはまだあるかい」は、前作『君の名は。』の音楽を担当したRADWIMPSが引き続き新曲を出してきました。

そしてこの「愛にできることはまだあるかい。僕にできることはまだあるかい。」そのものがたぶん、この映画のテーマなのだろうなと思ってます。天気、雲と雨、その自然をコントロールできる能力をもった主人公。いま温暖化型豪雨という言葉が生まれましたが、豪雨という災害に対して「私たちにできることはまだあるかい」という問いと、アニメの中ではこう解決するよ…という新海誠監督なりのファンタジー的防災解決策が描かれるものを予想しています。



映画『天気の子』予報②

映画『天気の子』スペシャル予報

映画『天気の子』15秒予報1篇




映画『天気の子』15秒予報2篇

 

さて、これらの予告=予報から、防災的に読み取れることはなんだろうか?って考えてみた。

  1. 天気をあやつる(?)主人公の少女が登場する。
  2. 空の不思議、天気の不思議についてたくさんの人が興味を持つようになる。
  3. 温暖化型豪雨、ゲリラ豪雨、その他の雨による水害に関して「僕にできることはまだあるか?」と問われている。

国連による2030年までの目標 SDGs(エスディージーズ: 持続可能な開発のための目標)の13番目は、気候変動とその影響に立ち向かうため、緊急対策を取ること が掲げられている

SDGs13 気候変動に立ち向かえ SDGs 13番目の目標は「気候変動に具体的な対策を」

愛にできることはまだあるかい、僕にできることまだあるかい。
そして私たち人類が気候変動に立ち向かうためにできることは……まだあるのだろうか?




天気の秘密を知るための本


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